代表コラム 記事一覧

2014/09/01

代表コラム

Vol.8 若者のすべて

新橋駅前の広場では、ギターやキーボードを弾きながら自作の歌を歌い、CDを売っている人たちをよく見かけます。先日ちょうど近くで待ち合わせをしていたので耳を傾けて聴いていました。彼らの歌はおおよそ恋愛や青春特有の心の揺れを歌ったものばかり。どうせならこんなおじさんの多い場所ではなく、もっと若者が集まる場所でやればよいのにと思っていたのですが、しばらく見ているとなんとなく様子がわかってきました。

実は面白いことに、立ち止まってCDを買っていくのはほろ酔い加減のおじさんたちばかり。中にはろくに歌を聞きもしないでお金だけ払おうとする人もいます。「歌上手いね、がんばってね!」「はい、ありがとうございます!!!」若者が一曲歌い終わる毎にこんな会話が繰り返され、おじさんは千円札と引き換えにちょっとした見栄や自尊心を満たしていくわけです。

ああ、そうなっているのか。なるほど同年代の若者たちはお金も持ってない上に、歌われているテーマの当事者として内容にもシビアなのでしょう。いつしか歌そのもので共感を得ることよりも、「夢に向かって頑張る若者の姿」をおじさんたちに買ってもらう方が手っ取り早いと、そんなことに気づいてしまったのかもしれません。

表現者として作品に込めたはずの熱が、アルコールとともに夜の街に蒸発し、燃えカスと小銭に姿を変えていく。私にはその光景がなんとも寂しいものに映りました。懸命に歌う彼女の中にはまだ「後ろめたさ」が残っているのだろうか。「ずるさ」が表現者としての大切な部分を蝕んでいきやしないだろうか。「すべからく若者は王道を歩むべし」。どこかで聞いたそんな言葉を思い出します。もう既におじさんの一部となった自分ですが、それでも「ずるさ」に逃げたくはないと、日々、青臭く、自分と戦っています。頑張ろうよ。

2014/08/01

代表コラム

Vol.7 宝物の在処(ありか)

大学時代はびっくりするほど勉強しなかった。難しい本を原書で読むことになんの意味があるのかまったくわからず、先輩から回してもらった翻訳本を読んでゼミに間に合わせるのだけれど、それを読んでもさっぱりわかりませんでした。

でも実はあんなにも素敵な時間はなかったと、今にして思うのです。一見「意味がない」と思えるものにエネルギーを費やすことが許されていたなんて。生意気に意味など考えず、もっと純粋に学問に向き合っていけばよかったと思います。

「人生に無駄はない」ということが年を経ることにリアルさを持ってわかるようになってきました。すべての経験は積み重なり、どこかでつながり、ボク自身というものを構築していく。だから人は「経験」をする度に、より柔軟に、そしてより強靭になっていくのだと。

一見意味がないと思えることの中に、人生の宝物が潜んでいたりします。たとえそれが無意味で、無価値で、非効率なものに思えたとしても、本当にそうなのかどうかは後にならないとわからない。と、最近よく思うのです。

2014/07/01

代表コラム

Vol.6 Facebookは「使える」か

「Facebookはマーケティングに使えるか、否か。」たくさんのマーケティング担当者が、この命題の前に右往左往しています。さまざまなケースがあるにしても、短期的な投資効率だけを見るならば、どうやら旗色が悪そうです。

でも、私はこう思っています。マーケティング担当者がFacebookのユーザーから何かを「得よう」としているならば、実はいつまでたっても得られることはできないと。

ではどうすれば?答えは簡単、「与え続けること」です。

自らの事業領域や世界観の中にある「世の中に喜ばれること」や「誰かの役に立つこと」を与え続けていくことで、小さな共感が生まれ、伝播し、拡散する。その繰り返しの中で、いつしかユーザーの心の中の存在感(マインドシェア)が高まり、本当のエンゲージメントが生まれていく。

そうやってじっくりと育まれた関係性は強く、長く、続きます。ユーザーとのロング・エンゲージメントを本気で築きたいなら、Facebookほど有効なメディアはありません。

ギブ&テイクを求める行為はFacebookに向いていません。ギブギブギブギブギブ…&テイク、それくらいの姿勢で取り組んでいると、二周半くらいあとでじわっといい感じになってきます、それはもう間違いなく。焦らずいきましょう。

2014/06/01

代表コラム

Vol.5 ソーシャルメディアの作法

週末が近づいた夜の電車は、ほろ酔い加減のサラリーマンでいっぱいです。先日たまたま隣に居合わせた二人連れはどうやら職場の先輩後輩のようで、居酒屋で盛り上がった勢いのままに、後輩の方が自分の上司の愚痴をこぼし始めました。

「いやあ、あの課長、ホントわかってないですよ~」。はじめはそうかそうかと相づちを打っていた先輩でしたが、後輩の勢いが一向に収まらないのをみるや、ふいに後輩の顔をくっと見つめてこう言ったのです。

「おい、それくらいにしておけ。ここは電車の中だぞ。周りの人に迷惑がかかる。続きは明日会社で聞いてやるよ。」先輩、さすが、かっこいいです。私はもう心の中でパチパチパチと拍手しました。

実はTwitterやFacebookのニュースフィードを眺めていると、この後輩君の発言のような投稿がかなりの割合で流れてきます。悪口、批判、愚痴、中には「そんな感情は自分で処理してよ」と言いたくなるような、子供染みた酷いものまであります。

ソーシャルメディアが電話やメールと明らかに違うのは、ここはパーソナルではなく、パブリックな場所だということ。電車の中と同じなのです。その感覚を持たない人にはソーシャルメディアに参加する資格はありません。せっかく書き込むならば、誰かが幸せになるような投稿を。それが大人の作法です。

2014/05/01

代表コラム

Vol.4 企業のDNA

最近周りから「親父さんにそっくりになってきたね」と言われます。確かに、顔つきだけでなく、ふとしたときに口をつく言葉や仕草などが、「ああ、似てるなあ」と自分でもよく思います。それだけではありません。最近では家内との何気ないやりとりや、息子に小言をいいたくなるポイントまでもが、嫌になるほど似ていると感じるのです。これまで父親と自分はまったく反対の性格だと思っていたので、これには自分でも驚くばかりです。

歳をとるということは、親の人生を追体験することに違いありません。企業においてもそれは同じ。上司や先輩からどんなときに褒められて、どんなときに叱られたのか。その体験の中で、企業の固有の価値観は喜怒哀楽に姿を変えながら、心の中に蓄積されていきます。数えきれないほどの喜びや痛みの上に、組織は言葉を越えた共通の価値観を持ち得るのです。

私は毎年、ある企業様の新入社員の方々にインタビューをさせていただくのですが、1年目の秋から冬になるとだいたい一通りの喜怒哀楽を経験されたせいか、おおよそ話の内容は似通っています。面白いのはそれだけでなく、表情や口ぶりまでも先輩社員とよく似ています。組織のDNAはこうやって伝承されてくのでしょう。

今日も朝から新入社員と思しき方々から、たくさんの営業電話を頂きました。皆さんのご活躍をお祈りしています。

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